地方創生に新たな可能性を生み出した「チームビルディング・ツーリズム」とは。地域のインナーコミュニケーションを促す観光事業(前編)
※こちらの記事はTransformation SHOWCASEからの転載です
地方自治体に国内外の企業を誘致し、研修プログラムを実施する「チームビルディング・ツーリズム」。株式会社 電通アドギアが推進するこの事業の目標は、単に「地方に人を連れてくる」だけでなく、「継続的にその地域と関わりを持つ人々を増やす」こと。同事業を採択した福島県南会津町では、2019年度から検証を始め、2022年にモニターツアーを2回実施しました。
Transformation SHOWCASEでは、受け入れ側として事業を推進した南会津町役場の阿久津政臣氏と、プロジェクトをサポートした電通アドギアの木村貴光氏に、チームビルディング・ツーリズムの可能性についてインタビューを実施。前編では、両者が考えるチームビルディング・ツーリズムの意義、この事業がもたらす地域への効果について話を伺いました。
企業を受け入れる地域住民のインナーチームビルディングを重視
Q.はじめに、お2人がチームビルディング・ツーリズムに取り組むことになった経緯を教えてください。
木村:電通アドギアは、2019年にチームビルディング・ツーリズム事業を立ち上げ、同年に、ある大学主催の地方創生についてのフォーラムでセミナーを行ったところ、まだコロナ禍前だったこともあって、自治体の商工・観光部門の方に300名近くお集まりいただきました。その会場にいらしていたのが阿久津さんです。
阿久津:大変失礼ながら、そのフォーラムでは「そういう事業もあるのか」と軽い気持ちでお話を伺っていました。しかし、南会津町でもインバウンドを促進しようという流れが生まれ、その施策としてチームビルディング・ツーリズム事業の受け入れを検討することになったのです。
その一方で、私には個人的に温めていた考えもありました。これまで南会津町は、児童・生徒を対象にした合宿、修学旅行などの教育旅行に力を入れてきましたが、こうした教育旅行に参加した子どもたちが大人になり、リピーターとして南会津町を訪れるケースがとても多いんです。また、教育旅行で一度お越しいただくと、その学校は3~5年にわたって継続的に南会津を旅行先に選んでくださるという傾向もあったので、このスキームを企業研修に応用できないかと常々感じていました。そのような状況もあり、電通アドギアさんのチームビルディング・ツーリズムのお話を思い出し、ご連絡させていただきました。
福島県南会津町 阿久津 政臣氏
Q .コロナ禍になってからも、お2人の間ではチームビルディング・ツーリズムのお話は進んでいたのでしょうか。
木村:そうですね。当初はインバウンドを視野に入れていましたが、方針をシフトし、国内企業を対象としたチームビルディング・ツーリズムの話を進めていました。事業に取り掛かり始めた当初は、南会津町にはまだ海外の方々を受け入れるための設備やインフラもあまり整っていなかったこともあり、まずは言葉も文化も通用する国内企業で下地をつくり、ゆくゆくは海外企業も対象にしようと。
Q.では、あらためてチームビルディング・ツーリズムの特徴やこだわり、一般的な研修プログラムとの相違点などについて、お聞かせいただけますでしょうか。
木村:チームビルディング・ツーリズムで最も重視しているのは、受け入れる自治体側、つまり地域住民の皆さんのインナーチームビルディングです。同じ町に住んでいても、これまで交流がなかった方々や、交流はあってもそこから新たな価値を生み出すところまでは至っていなかった方々が、情報交換をしながら1つの目標に取り組む。それ自体が、地域の活性化につながると考えています。「町のみんなで企業研修というツーリズムをつくる」というゴールを設定していますが、極論を言えば違う目標でも構わないのです。地域の方々が1つの目的で集まり、何かをすることが大事だと思っています。
Q.一般的な研修プログラムは、やることが1つのパッケージになっていて、それを「どの町でやればいいか」を検討するというスタイルですよね。ですが、このプログラムでは、まず町の活性化が念頭にあり、その刺激としてチームビルディング・ツーリズムを行うという考え方なのですね。通常とは逆の発想で非常に興味深いです。どういった経緯でこのような企画が生まれたのでしょうか。
木村:元をたどれば、チームビルディング・ツーリズムは「MICE」(企業などの会議=「Meeting」、企業などが行う報奨・研修旅行、インセンティブツアー=「Incentive Travel」、国際機関・団体、学会などが行う国際会議=「Convention」、展示会・見本市、イベント=「Exhibition/Event」の頭文字を使った造語)の切り口から事業を起こせないかという発想からスタートし、中でも、2番目のインセンティブツアーの実現性が高いのではないかと検討していました。
しかしコロナ禍になり、人の移動が制限され、居住地域にいる時間が長くなりました。ですがそれは逆に言えば、地域の方々がそこで活発に動くチャンスということでもあります。南会津で活動しているさまざまな事業者に話を伺ったところ、面白いアイデアがたくさん見つかりました。それなら、私たちが東京目線、企業目線でツアーを企画するよりも、地域の方々が企画し、私たちはツアーに参加する企業を探した方が最終的に得るものが大きいはず、と考えたのです。そこから、町の方々が作って実装化するツアーになっていきました。
自治体主導ではなく、事業の自走化を目指す
Q.木村さんが、初めて南会津町を訪れた時の印象はどうでしたか。
木村:チームビルディング・ツーリズムの採択が決まった直後に、1人で南会津町に行き、レンタサイクルで町中を走り回りました。山並みやちょっとした民家の雰囲気がとても良く、祖父母の家に行った時のような気持ちを味わいましたね。
Q.ツーリズムにつながる可能性は感じましたか?
木村:はい、もちろんです。特に、阿久津さんのアテンドで3日間にわたって町内の事業者の皆さんとお話したときに感じました。6、7事業者を回り、どんなことをしたいのか、どんな町にしたいのか、皆さんの熱意をじっくりお伺いしたところ、驚くほど面白い方ばかりで。奇をてらうわけではなく、自分たちの生活を見据えて足元を踏みしめながら、深いポリシーを持って事業に取り組んでいることが分かりました。しかも、南会津町を良くしたい、この町の良いところを生かしたいという考えの下で、お1人おひとりが働いていらっしゃいます。そして、そういった思いをきちんと自分の言葉で語ってくださるんですよね。
その時点で、私自身が研修を受けているような気持ちになりましたし、他の企業の方々もここに来れば必ず勉強になるはず。あとはどうやってプログラムを仕立てるか考えるだけだなと思いました。
株式会社 電通アドギア 木村 貴光氏
Q.阿久津さんにとって、町の事業者はよくご存じの顔ぶれだったと思います。そういった方々が木村さんに向けて熱く語っている姿を見て、どうでしたか?
阿久津:お恥ずかしい話ですが、実を言えば私も初めて知ることがたくさんありました。そもそも南会津町は、平成18年に1町3村で合併して生まれた町です。私は旧・舘岩村出身ですが、行ったことのない施設がまだ南会津町内にありますし、各事業者の事業内容は知っていても、皆さんの思いまでは深く理解していませんでした。私自身も勉強になりましたし、これなら企業研修のメニューとして成り立つという期待も抱きましたね。
Q.チームビルディング・ツーリズムの実施にあたり、阿久津さんは町内で推進協議会を立ち上げたそうですね。電通アドギアが推進するのではなく、町の事業者と共に協議会をつくり、新たな事業に挑むわけですから、苦労も大きかったのではないですか?
阿久津:事業者の皆さんも、当初は町がプロジェクトを主導し、そのレールに乗っていこうというお考えでした。やはり、どの自治体でも最初は行政が旗振りをしなければイベントは成り立ちません。ましてや小規模な自治体は、地域のマンパワーが少ないため、行政主導でなければ取り組みが成立しにくいでしょう。しかも、何度かイベントを成功させても、行政が手を引いてしまうとそのイベントはなくなってしまう、というようなケースも見受けられます。
私としては、せっかくチームビルディング・ツーリズムに取り組むのであれば、最初は町が旗振りをしたとしても、最終的には自走できるようにしたい、と考えていました。さまざまな事業者が地域内で連携し、新たな事業を立ち上げるのなら、いずれは皆さんがやりたいことをやり、仲間を増やして事業を拡大してほしい。そう考えて、途中からは推進協議会の自走を目指すようになりました。まだ道半ばですが、何とか実現したいと思っています。
これまで地方自治体の観光事業は、いかにして外から人を招き入れるかを重視してきました。しかし、南会津町で取り組んだチームビルディング・ツーリズムでは、まず地域の事業者同士の理解を深め、連携を図ることからスタートしています。
後編では、2回のモニターツアーを終えた南会津町の手応え、持続可能な取り組みにするための心構えについて言及します。
田島町、舘岩村、伊南村、南郷村の1町3村の自治体が合併して誕生した南会津町。旧・舘岩村出身の阿久津氏は「チームビルディング・ツーリズム」の事業を通じて、地域住民の方たちと交流を深められ魅力を知ることができたといいます。このように「チームビルディング・ツーリズム」は、外部の企業・団体との交流だけではなく、地域内での交流の活性化にもつながっています。組織内部のコミュニケーションに課題を感じる自治体・企業の方は、ぜひお気軽にCONTACTよりお問い合わせください。
1975年長野県生まれ。1999年株式会社 電通アドギア入社。入社以降、酒類・飲料、化粧品メーカーなどの広告プロモーションを担当。2021年同社の自治体向けソリューション「地域デザインラボ」を立ち上げ、チームビルディング・ツーリズム事業を推進。自治体職員向けプロモーション人財育成アドバイザー、横浜市・西新宿エリア「パークサポート」プロジェクト、地方紙 新規事業開発 外部アドバイザー、自治体LINE公式アカウント プロジェクトマネジメント ほかを担う。